自転車という競技と補給と健康といろいろ

34pt   2017-08-30 15:56
といぶろ

大学時代は自転車にたっぷり乗っていました。

自転車競技、そのなかでも、ツールドフランスに代表されるロードレースという競技があります。
ツールドフランスは、全行程およそ3500kmを21日間のステージで走り、優勝者を決める競技です。

当然1日あたりの競技時間も1時間とかで終わるものではなく、
その間基本的に自転車から降りることはないので、
レースをしながら、自転車の上に乗ったまま、食料や水分の補給をします。
そのため、「食事をしながら戦う唯一の競技」とか言われたりもします。

ツールドフランスに限らず、小さいロードレースなどでも、もっと言えばサイクリングでも、
補給というのは必須の技術となります。

なぜなら、人間は食料からエネルギーを補給しないと活動ができないようになっており、
「おなかがすいたなぁ」と感じた時にはすでにエネルギーが不足している状態であり、
その状態になってから補給を行っても、すぐにはエネルギーになりません。

なので、しばらくはエネルギーが不足している状態で動くことになるため、
普段通りのパフォーマンスができなくなります。
これを専門用語ではハンガーノックといいます。
もっとこの状態が進むと脳や内臓にダメージを負い、そのダメージはなかなか回復しません。
それでも無理して動いていると今度は脳に糖分が回らなくなるため、
脳が正常な判断をできなくなり、最悪の事態になる場合もあるでしょう。

そこで、補給の技術とは、自分の摂取したエネルギーと消費しているエネルギーを計算し、
エネルギーが枯渇する前に次の補給をする技術となります。

普段、普通に生活しているだけでは、生命活動をするためのエネルギーのことはあまり考えませんが、
自転車競技をしていると、車とガソリンの関係のように、人間が活動するためにもエネルギー源が必要であることがわかります。



なんの話でしょうか。

そう、栄養と活動の話です。



自転車競技をやっていたおかげで、自分の活動するエネルギーや、現在の体調に敏感になりました。
簡単に言うと「ご飯を食べないで動くと危険」という考え方が身につきました。

疲れた時こそ、なるべくたくさんご飯をたべる。
そうしないと、さらに消化器官が疲弊してうまくご飯を食べられなくなり、
さらに体調が悪化していきます。

それでも動き続けると、だんだんと脳が正常な判断ができなくなり、
いつの間にか本当は危険な状態なのに、危険な信号を出してくれなくなります。つまり本当に疲れてしまうと、疲れていることに気が付かない。非常に危険な状態になります。

食事だけでなく、水分補給、睡眠に関しても同様です。

疲れているとき、忙しい時にはあまり無理して何もやらないでご飯をちゃんと食べてお酒を飲まないでゆっくり寝る。

僕も気を付けてはいますが、うっかり疲れているのに休めなかったために、
馬鹿になって新しいことに手を出そうとして大きな失敗をしたことは最近もありました。



えっと、何の話でしょう。

そう。本題はここからです。こころのはなし。



「エネルギー源がないのに活動をしてはいけない」ことと同じように、

「モチベーション源がないのにモチベーションがあった時と同じ活動をしてはいけない」

ということが言えると思います。というか、さんざん回り道をしたけどこの記事で言いたいことはこれです。


どういうことか。身近なことだと、遊びの話です。

「楽しい」というモチベーションで続けていたものが、「楽しい」じゃなくなったなら、あなたはそれをやめることができるでしょうか。

そんなん楽しくなかったら、やめるでしょ。遊びなんて。

というのが普通の意見ですが、なんらかの理由でやめられなくなった時。
というのがあります。

例えば他の人から期待されてしまったとき。とかね。
楽しくなくなったからといってやめることができるでしょうか。

なかなかそう簡単にはいきませんね。

「楽しい」にもいろいろあって、みんなでワーキャー騒ぐことが「楽しい」わけではありません。
勝ったり負けたりするのが楽しい人もいれば、誰かに教えることが楽しい人もいれば、
新しい友達ができることが楽しい人もいれば、人に感謝されることが楽しい人もいます。

とにかく自分の中の「楽しい=こころの栄養源」に一致していれば何をやってもいいのですが、
それがないのに何かを続けることはご飯を食べないで動き続けることと一緒です。
壊れちゃいます。いつか。

そうした時はそのまま続けちゃだめで、
なんとか工夫して自分の食べられるモチベーション源を得られるように行動するか、
そうじゃなかったら無理に続けるべきじゃないと思います。



つい最近、自分と、たいあたりジムと、その周りの環境に関して、ちょっと考える機会がありました。
今やってることを続けるとこうなって、こういうことを今頑張っておくと、あとでこうなってこうなって、
きっとわりと大きな流れの変化がありそうなことがわかりました。

でもそれだけだと、たぶん自分が今までやってたモチベーションとちがうモチベーションになってくるけど、そのエネルギー源で僕は活動できるだろうか。
と考えて立ち止まりました。

僕は結構、ちゃんとモチベーションがないと動けないタイプの人間です。
なので、まず「きつそうだなー」と思って、「だったら途中でどんなモチベーション(ご飯)があれば動けるかなー」と考えてるのですが、

ふと、他の人はそういうこと考えてるのかなーと思って気になってこのまわりくどい記事を書くにいたりました。
書くに至ってから3日もかかるくらいほんとに立ち止まってました。

特に特定の誰かに向けて書いているわけではないので、そんなに真に受けないでほしいのですが、一応頭の隅には置いておいてほしいなと思って書きました。

と言ったものの、これを見たみんなが、「よっし!俺はやめるぞ!!」っていってやめだしたら僕自身結構困るとは思うのですが、

それでも、「やんなきゃいけないからやるしかないな」みたいなモチベーションで何かを続けるのは、
本当に大丈夫なのかな…?わかってやってるならまあいいけど、わかってないと怖いな、と心配になったので書くことにしました。
この前の山口の「義務モン」の話ともちょっとつながりますね。



繰り返しますが、僕は小学生に毛が生えた程度の精神年齢の人間で、(小学生から縮れた毛は生えていたがそういうことじゃない)
楽しくないことはやらないタイプなので、今やっていることで楽しくなくてやっていることは基本的にはありません。

もしかしたら、ちゃんとした大人の人なら、遊びの中で遊びからはみ出しちゃった部分があっても、
「これはこれでちゃんとやる」ってことがずっとできるのかもしれません。

でも僕はたぶんできないので、同じように、できなさそうな人がいたら、無理しないで休んでほしいなと思います。

やめちゃうのは悲しいですが、その人が全然楽しくないのに続けてどんどん楽しくなくなっていくのはもっと悲しい。
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